2012年06月01日
☆猫の不思議な話。

画像はお店の通い猫だったブラウニー(2012年5月没)でお話の内容とは関連ありません。
天国に行ったブラウニーについてはコチラ。 http://ashitanotizu.chesuto.jp/e809876.html
「ネコの不思議な話」
私の祖母が、90歳で右足を骨折し、緊急手術が行われることになった日の朝、
祖母が可愛がっていたネコ「リュウジン」が、急に右足をひきずるようになった。
そして、祖母の手術は成功し、「リュウジン」は、その夜亡くなりました。
このテの話は、よく聞いていたのですが、マサカ自分の身内で経験するとは思いませんでした。
母は、祖母にマサカ「リュウジン」が死んだとは言えず、家に帰ってきたとき
「リュウジンは?」と訊ねる祖母に、母は全く柄(ガラ)の違うネコチャンを、
「何言ってるのね~。これがリュウジンだがね。」(強引ナンダヨ!!)と
多少認知症のはいっている祖母に言いくるめ、その日より、「ミィ」は「リュウジン」になったわけだが、
ある天気のいい午後、庭を眺めていた祖母が母に言った。
「不思議よねぇ~~。なんだか、アソコラあたりに「リュウジン」がたっているような気がするのよねぇ。。。」
あそこらあたりという、その場所は、死んだ「リュウジン」を埋めた場所でした。
タグ :猫
2012年06月01日
☆さよならブラウニー☆
皆様へ。

今回の「ブラウニー」の突然の交通事故死で、沢山のあたたかいお言葉をありがとうございました。
いまだに、あのコ用のベッドは、そのままですし、チラチラと廊下を見てしまう習慣は相変わらずですが、あのコが天国で可愛く遊べるように、気持ちを切り替えて行こうと思います。
... しかし、今回の悲しみで改めて思ったのは、通りの皆さんのあたたかさでした。
遺体を発見したのが、Kホテル職員→遺体を拭いて、ダンボールにドライアイスとバスタオルと共に綺麗に寝かせ→通りの可愛がっていた各店へ報告→皆がお花やお菓子おもちゃを持ってくる。→一番の責任者だった方がたまたま旅行中→交番がその方の自宅にワザワザ出向き手紙を置く&携帯に連絡。
基本、野良チャンですよ。なのに、通りの皆さんが交番と共に本当に最後までアタタカカッタ。
あのコの、デレツンな魅力と美貌と生まれながらの大胆な性格が幸いしたにしても。。。
========

アノコが、G通りに突如として現れたのは、2009年の冬。
その頃4~5ヶ月の中猫
G通りを、ヨカ調子でヒョイヒョイ飛び跳ねていました。
でも、ある日ウチの店の前に誰かの「置き餌」が始まり、毎朝ネコに渡ることなく、カラスやハトが散らかすのを見るのが憂鬱な日が続きました。
人間の都合で野良猫は可哀想と、どんな正義感を言われても、他人の店、しかも飲食業の店の前を、ハトやカラスが汚すのは、ナンカ違うと悶々とした日々でした。それで、餌を見つけるとすぐ回収し、目的であるネコを見つけたらそのコにあげるという、訳のわからない日々が始まりました。
梅雨の激しい夜、モトモト悪い後ろ足を引きずって、店のビルのマットにビクビクしながら、私たちに気がつくと悪そうに豪雨の中出ていこうとしたので、そのままビルの廊下マットに寝かせたのが最初だったのかな。。。その後はだんだん調子づいて、亡くなる2日前にはとうとうスタッフ室のソファをゲットしスヤスヤ寝てましたがね。。。
同居テナントさんも、何ひとつ文句も言わず、不動産会社は何なら、猫ベッドまで持ってきてくれて。。。
後で知ったのは、甲突町にお住まいの飼い主さんの、飼い猫同士折り合いが悪く、アノコだけ銀座通りに捨てられたそうです。1匹飼いの性格だったようです。
とても人懐こく、途中1度出産。
その後1週間ほど姿が消えたと思ったら、リリースされた元飼い主さんが、耳カットされ「去勢手術をしましたの印」と共に、再び銀座通りに戻ってきました。
去勢手術を終えたあたりから「人間が怖いところに連れて行った・・・」と思ったのか、猫パンチのスキルが上がって、少々気が強く、ナマイキに、デレツンになりました。
しかし、銀座通りの皆さんは、耳カットされ去勢手術がされているのがわかっていたので、保健所に連れていかれることなく安心して可愛がることが出来ました。
名前は、ウチでは「ブラウニー」・タイチさんの店では「エスカルゴ」・あぢもりさんでは「ゆういち」途中で女子と判明し「ゆうこ」・猫ボラさん&東△不動産さんは「さくら」・「リリアン」・「リリー」・「シロクロ」・「シロ」(ナンテ強引な!!)「クロ」・「中村サン」!? まだまだ沢山ありそうです。
「G通りの地域猫」として、本当に沢山の方に可愛がられていました。
犬派だった私が、生涯初めてなついてくれたコでした。
猫の習性が、しつけをよく聞くワンコと真逆なのでとてもとまどいましたが、猫飼いの方たちに沢山アドバイスを受け、3年間をかけて信頼関係が(シャー!!の回数が毎年減りました。)出来てきました。
悪かったのは、仕事上絶対に「手」を怪我してはいけないので、慣れたとは言え、暖かくダッコしたり、出来なかったな。。。(どうせ嫌がったでしょうけど。)

5月3日、朝方、ブラウニーが亡くなりました。
原因はわかりませんでした。交通事故にしては、遺体が綺麗でした。
普段G通りを通る車は、ネコがいることを知っているので徐行するのですが、連休中は県外ナンバーも多く。。。
遺体は、最初に気がついた、K観光ホテルの職員が、綺麗においていてくれて、ピンクのお花と共にお別れを言うことが出来ました。
G通りのいろんな人が悲しんでいました。
「ごめんね。」「ごめんね。」これしか言葉が出てきませんでした。
可愛がりたいときだけ可愛がって、仕事の都合で「完全家猫」にすることが出来ず、事故から守ってあげられませんでした。
自宅に連れていっても、猫の習性上、必ず元の場に戻ろうとします。
その間の交通事故も恐かったのかも。。。
猫は元来狩りをするために、馴れた土地でないと思う存分動けず「かりてきた猫」になり、恐怖を感じ元の土地に戻ろうとします。
これが、猫は人につかず、家につくの由来かと。
たとえ家であっても、猫チャンにとっては、大事な狩猟場所なのです。
痛かったね。一人で不安だったね。。。
守ってあげられなくてごめんね。。。
あたりまえにそばにいてくれる存在のありがたさを改めて教えてくれてありがとう。
そして、通りに沢山の笑いと、ホッコリしたアタタカサ、短い思い出を心からありがとうね。
天国でも、気ままに、思いっきり可愛く遊んでね☆

画像提供:お客様のイモ兄さん
使用前<2010.7>
使用後<2012.4>
食ったなーっ!! おいっ!!
もっと、長生きしてほしかったよ!!
<画像は、ブログを読んでいただいた方が、偶然あのコを撮っていて、ワザワザお店に持ってきてくれました。>


今回の「ブラウニー」の突然の交通事故死で、沢山のあたたかいお言葉をありがとうございました。
いまだに、あのコ用のベッドは、そのままですし、チラチラと廊下を見てしまう習慣は相変わらずですが、あのコが天国で可愛く遊べるように、気持ちを切り替えて行こうと思います。
... しかし、今回の悲しみで改めて思ったのは、通りの皆さんのあたたかさでした。
遺体を発見したのが、Kホテル職員→遺体を拭いて、ダンボールにドライアイスとバスタオルと共に綺麗に寝かせ→通りの可愛がっていた各店へ報告→皆がお花やお菓子おもちゃを持ってくる。→一番の責任者だった方がたまたま旅行中→交番がその方の自宅にワザワザ出向き手紙を置く&携帯に連絡。
基本、野良チャンですよ。なのに、通りの皆さんが交番と共に本当に最後までアタタカカッタ。
あのコの、デレツンな魅力と美貌と生まれながらの大胆な性格が幸いしたにしても。。。
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アノコが、G通りに突如として現れたのは、2009年の冬。
その頃4~5ヶ月の中猫
G通りを、ヨカ調子でヒョイヒョイ飛び跳ねていました。
でも、ある日ウチの店の前に誰かの「置き餌」が始まり、毎朝ネコに渡ることなく、カラスやハトが散らかすのを見るのが憂鬱な日が続きました。
人間の都合で野良猫は可哀想と、どんな正義感を言われても、他人の店、しかも飲食業の店の前を、ハトやカラスが汚すのは、ナンカ違うと悶々とした日々でした。それで、餌を見つけるとすぐ回収し、目的であるネコを見つけたらそのコにあげるという、訳のわからない日々が始まりました。
梅雨の激しい夜、モトモト悪い後ろ足を引きずって、店のビルのマットにビクビクしながら、私たちに気がつくと悪そうに豪雨の中出ていこうとしたので、そのままビルの廊下マットに寝かせたのが最初だったのかな。。。その後はだんだん調子づいて、亡くなる2日前にはとうとうスタッフ室のソファをゲットしスヤスヤ寝てましたがね。。。
同居テナントさんも、何ひとつ文句も言わず、不動産会社は何なら、猫ベッドまで持ってきてくれて。。。
後で知ったのは、甲突町にお住まいの飼い主さんの、飼い猫同士折り合いが悪く、アノコだけ銀座通りに捨てられたそうです。1匹飼いの性格だったようです。
とても人懐こく、途中1度出産。
その後1週間ほど姿が消えたと思ったら、リリースされた元飼い主さんが、耳カットされ「去勢手術をしましたの印」と共に、再び銀座通りに戻ってきました。
去勢手術を終えたあたりから「人間が怖いところに連れて行った・・・」と思ったのか、猫パンチのスキルが上がって、少々気が強く、ナマイキに、デレツンになりました。
しかし、銀座通りの皆さんは、耳カットされ去勢手術がされているのがわかっていたので、保健所に連れていかれることなく安心して可愛がることが出来ました。
名前は、ウチでは「ブラウニー」・タイチさんの店では「エスカルゴ」・あぢもりさんでは「ゆういち」途中で女子と判明し「ゆうこ」・猫ボラさん&東△不動産さんは「さくら」・「リリアン」・「リリー」・「シロクロ」・「シロ」(ナンテ強引な!!)「クロ」・「中村サン」!? まだまだ沢山ありそうです。
「G通りの地域猫」として、本当に沢山の方に可愛がられていました。
犬派だった私が、生涯初めてなついてくれたコでした。
猫の習性が、しつけをよく聞くワンコと真逆なのでとてもとまどいましたが、猫飼いの方たちに沢山アドバイスを受け、3年間をかけて信頼関係が(シャー!!の回数が毎年減りました。)出来てきました。
悪かったのは、仕事上絶対に「手」を怪我してはいけないので、慣れたとは言え、暖かくダッコしたり、出来なかったな。。。(どうせ嫌がったでしょうけど。)

5月3日、朝方、ブラウニーが亡くなりました。
原因はわかりませんでした。交通事故にしては、遺体が綺麗でした。
普段G通りを通る車は、ネコがいることを知っているので徐行するのですが、連休中は県外ナンバーも多く。。。
遺体は、最初に気がついた、K観光ホテルの職員が、綺麗においていてくれて、ピンクのお花と共にお別れを言うことが出来ました。
G通りのいろんな人が悲しんでいました。
「ごめんね。」「ごめんね。」これしか言葉が出てきませんでした。
可愛がりたいときだけ可愛がって、仕事の都合で「完全家猫」にすることが出来ず、事故から守ってあげられませんでした。
自宅に連れていっても、猫の習性上、必ず元の場に戻ろうとします。
その間の交通事故も恐かったのかも。。。
猫は元来狩りをするために、馴れた土地でないと思う存分動けず「かりてきた猫」になり、恐怖を感じ元の土地に戻ろうとします。
これが、猫は人につかず、家につくの由来かと。
たとえ家であっても、猫チャンにとっては、大事な狩猟場所なのです。
痛かったね。一人で不安だったね。。。
守ってあげられなくてごめんね。。。
あたりまえにそばにいてくれる存在のありがたさを改めて教えてくれてありがとう。
そして、通りに沢山の笑いと、ホッコリしたアタタカサ、短い思い出を心からありがとうね。
天国でも、気ままに、思いっきり可愛く遊んでね☆

画像提供:お客様のイモ兄さん
使用前<2010.7>
使用後<2012.4>
食ったなーっ!! おいっ!!
もっと、長生きしてほしかったよ!!
<画像は、ブログを読んでいただいた方が、偶然あのコを撮っていて、ワザワザお店に持ってきてくれました。>